なやり方で生理を堰《せ》きとめてしまつた。少女たちが瘠せ細りながらも神経がやや脂肪づき、兎《と》に角《かく》卯薔薇《うばら》ほどの花になつて咲く年齢になつても、明子だけは依然色を失《な》くした蕁麻《いらくさ》として残つた。これには更に一つの理由として、彼女の心臓の弱さを附け加へることが出来る。
 この不思議な退化をなしつつある少女は一つの稀《まれ》な才能を示すやうに見えた。それは彼女の素描にあらはれる特殊な線の感じに於《おい》て。素描の時間に助手の仕事をつとめることになつてゐた或る上級生が、明子のこの才能を愛した。彼女は明子を画家伊曾に紹介した。伊曾にとつてその上級生は画《え》の弟子であり、また情婦たちの一人でもあつた。
 結果は思ひがけなかつた。伊曾を中心とする事件に於て、その上級生は明子のため硬度のより高い宝石と一緒の袋で遠い路《みち》を運ばれた黄玉《トパアズ》のやうに散々に傷《きずつ》いた。その挙句《あげく》、明子はこの上級生を棄《す》てた。
 青いポアンといふ綽名《あだな》がこの少女の口から漏《も》れ、一群の少女たちの間に拡つたのはそれから間もないことだつた。その上級生の名は劉子《りゅうこ》といつた。
 伊曾は実にさまざまの女を知つてゐた。女たちが彼の庭の向日葵《ひまわり》のやうに、彼の皮膚を黄色い花粉で一ぱいにしてゐた。彼は飽かなかつた。伊曾は野蛮な胸を有つてゐた。
 実に多くの女たちが彼の周囲には群《むらが》つてゐた。彼はもともと卑しい心の持主ではなかつたから、自ら少しは人のいい驚きを感じてゐたのに異《ちが》ひないのだが、しかも片つぱしから機械的な成功を収めて行つた。それは昆虫たちにとつて地獄である南方の或る食虫花を思はせる行為だつた。
 数多い伊曾の情婦たち――自ら甘んじて伊曾の腕に黄色い肉体を投じたこれらの女たちのうちで、劉子だけは謬《あやま》つて伊曾に愛された女性と謂《い》ふべきであつた。つまり伊曾が劉子を愛したのは少女としてより寧《むし》ろ少年としてであつた。ただ若い女性の性的知識の不足が、この伊曾の愛し方の異ひを彼女自身に悟らせなかつたばかりである。それにせよ結果は同じことだつた。劉子はアポロの鉄の輪投げの遊戯のため額《ひたい》から血を流して花に化したヒヤシンスのやうに、最後には伊曾によつて頸《くび》に血を噴くことになり、自らの少年であることを
前へ 次へ
全20ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング