はチョッキの前を掻《か》きむしり乍《なが》ら嗚咽《おえつ》しわめいた。――「お前のお母さんを見ろ! 立派なお邸《やしき》の『奥女中』として陸の上で歴乎《れっき》として暮しをしてゐるではないか。『御前《ごぜん》様』がくたばれば大した遺産の分け前も約束されてゐるのだ。俺《おれ》はどうせ下積で死ぬとしてもせめてお前だけはお母さんに『恥しくない』立派な身分に仕立て上げたかつたのに! 今では俺の苦心も水の泡だ。しかも相手もあらうに風来船の青二才なんかと! この恥知らずの女《あま》め!」船長は力に任せて花子を引き倒した。花子がドサリと横に倒れその重みで船が傾《かし》ぐほど揺れて激しい水音が舷側《げんそく》にすると、彼は見る見る狂暴になつた。船長は床の上から鉄のハンドルを掴《つか》むと娘の腿《もも》のあたりを所きらはず乱打した。鉄の棒に響いて来る彼女の肉体の強靱《きょうじん》な弾力を残忍な位ヒシヒシと心に感じながら。そこへ定が現はれた。争闘は短かかつた。船長は鞠《まり》の様にすばやく転び上ると何やら激しく叫び立て乍《なが》ら逃れ去つた。逃げしなに彼の投げた手裏剣《しゅりけん》、青|痰《たん》の一塊《
前へ
次へ
全15ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング