ええ、――とても愉快で、時のたつのも忘れたほどでしたの。おまけにシャンパンまで出たわよ。」
「そりゃよかった!」と僕は答えて、さて肚の中でこう考えた、――『ははあ、あのニコライの悪党め、うちの弟の御面相から、一目でこりゃいい鴨だわいと見破りおって、腹に一物の御馳走ぜめとおいでなすったな。まず当分は、いずれ縁談が本ぎまりになるまで、ちやほやしておいて、それから矢庭に、――爪牙をあらわそうって寸法だな。』
その一方、家内にたいする僕の感情は又ぞろ悪化して、さっきは別に悪気はなかったんだから赦しておくれ――なんていう口上[#「口上」に傍点]は、今更おかしくって言い出せなくなった。いや、それどころか、もし僕にこれという差迫った用事もなくて、この御両人がおっぱじめた恋愛遊戯の一進一退に、いちいち茶々を入れられるほどの閑人だったとしたら、てっきり僕は又しても堪忍ぶくろの緒を切らして、何かしら余計な口出しをして、とどのつまり、出ていけ出ていきます――ぐらいの騒ぎになったに相違ないんだが、幸いにして僕はそれどころじゃなかった。つまり、さっきも言ったその訴訟事件というのが、ひどく手ごわい代物でね、僕た
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