い?……マーシェンカはまったく素晴らしい娘だし、うちの女房だってなかなかいい女じゃないか?……おまけにこの俺だって、有難いことに、世間から後ろ指をさされたことはない。だのにその俺たち夫婦が、四年もつづいた幸福な、束の間だって波風ひとつ立った例しのない暮らしのあげくに、こうして熊公お鍋みたいに悪態の吐《つ》き合いをしちまったんだ。……それというのも元をただせば、一向くだらん、たかが他人の馬鹿馬鹿しい気まぐれからじゃないか。……」
僕はとたんに吾ながら穴へでもはいりたいほど恥かしくなる一方、家内が可哀そうで可哀そうでならなくなった。けだし、家内の吐いた屁理窟なんかはきれいに棚へ上げて、何から何まで自分一人のせいにしちまったわけだね。まあ、そうした侘びしくも遣瀬ない気分で、僕は書斎のソファの上で、ぐっすり寝込んじまったという次第さ。ほかならぬわが最愛の女房が手ずから縫ってくれた、ふかふかした綿入れの部屋着にくるまってね。……
しなやかな細君の手で、良人のために縫いあげられた着心地のいい不断着というやつは……全くへんに情にからんでくる代物だよ! じつに工合がいいし、じつに懐かしいし、おまけ
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