実は国際的な一つの特徴をあの人が具《そな》へてゐたからさ。」
Bは頗《すこぶ》る好奇心をそそられた。然《しか》し、彼の問ひに答へてA氏の与へた解答は、次のやうな何の変哲もないものだつた。
「先刻あの軍人は便所へ行つたらう。出て来るとズボンのかくしからハンカチを取り出して、手を拭《ふ》いたが、それがただの拭き方ぢやなかつたのさ。両手で団子をこねるやうにくしやくしや[#「くしやくしや」に傍点]に丸めて、それなりポンと自分の座席へ抛《ほう》り出したのさ、僕はそれを見て思はず微笑を禁じ得なかつたね。あれぢやたとへキモノを着てゐたところで襤褸《ぼろ》つきれで掌《てのひら》の機械油をごしごし拭きつけた人なることは一目|瞭然《りょうぜん》ぢやないか。」
Bはこの説明を聞いて、ふつとロシヤ製のシャーロック・ホームズと対面してゐるやうな気がしたさうである。
底本:「日本幻想文学集成19 神西清」国書刊行会
1993(平成5)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「神西清全集」文治堂
1961(昭和36)年発行
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:川山隆、小林繁雄、Juki
2008年1月4日作成
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