で明るい、あくまで快活な笑ひで、ただただ真つ正直な、それなりに気の毅《つよ》いところもある、そして何から何まで自分の良心で割り切つて、いつも清々《すがすが》しい気持でゐられるやうな人の顔にだけ浮ぶ――あの表情なのです。そんなすがすがしい気分のためには、その人は自分の下着の最後の一枚までぬいで、他人に投げ与へることも厭《いと》はないでせう。それどころか自分の腕一本、あるひは腿《もも》一本もぎとつて、飢ゑた虎《とら》にさつさと投げ与へさへするでせう。この何とも云へずさばさばした気前のよさ! それは千恵もだいぶお母さまから受けついでゐるので、かなりよく分るつもりです。それはひとへに良心の満足のためにあります。いいえむしろ、良心の勝利のためにあるのです!
千恵はさうした気性をお母さまから受けついで、そればかりかその善いことを確《かた》く信じさへして、おかげで少女時代を快活に満ち足りて過ごしてまゐりました。幸福に――とさへ言つていいでせう。それについては心からお礼を申したいほどです。しかもその一方、正直に申すと、あのS家のごたごた騒ぎがあつて以来、いいえそもそものあの騒ぎの最中から今申したやう
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