な善行の意味に、千恵はかすかな疑ひを持つやうになりました。娘の幸福に何かしら影のやうなものが射して来ました。そのごたごたと云ふのが、潤吉兄さまの出征後まもなくもちあがつた姉さまの出るの出ないのといふ騒ぎだつたことは、今さら申すまでもないでせう。
「いいぢやないの。かうして先方の言ひなりにこつちはこの通り丸裸かになつてさ、この上なんの怨《うら》まれることがあるものかね!」と、たしか騒ぎが一応落着した頃、千恵の顔に何か心配さうな色を見てとられたのでせうか、相変らずの陽気な調子で、さうお母さまが慰めて下すつたことがありましたね。そのとき千恵は成程《なるほど》と思ひ、何かひどく済まないやうなことをしたやうな気のしたことも、はつきり覚えてをります。
まつたく仰《おっ》しやる通りに違ひありませんでした。もちろん千恵はまだほんの小娘でしたから、ほんたうの事情は当時はもとより今でもよく分つてはゐませんし、またべつに分りたいとも思ひません。とにかく普通の離婚|沙汰《ざた》だけのものでなかつたことは娘ごころにも察しがつきました。また一概に先方のお母さまの腹黒さのせゐばかりでもなかつたやうですし、また家風
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