かすかに漏《も》れてゐるらしい視線は、よく見ると、下に横たはつてゐる裸かの男の髯《ひげ》もじやの顔をじつと眺めてゐるやうでもありました。あごを突きだして、斜めに反らしたその白い顔には、まぎれもない深い悲哀が浮んでゐます。絵のことにはうとい千恵ですが、それが「悲しみの聖母」といふ画題をあらはした絵らしいといふことは、一目みて推量がつきました。その聖母のやつれた顔をじいつと眺めてゐるうちに、千恵にはそれがどことなく姉さまのあの時の[#「あの時の」に傍点]表情に似てゐるやうな気がしだしました。この「あの時」といふのは、いつぞやの晩あの育児室の窓ごしに覗《のぞ》きこんでゐた時のことかも知れません。つい今しがた石段の滝のなかで擦《す》れちがつた、その瞬間のことかも知れません。いいえひよつとすると、この聖堂の小暗《おぐら》い外陣の片すみで、いきなりあの古島さんといふ青年に抱きついた刹那《せつな》、下から見あげた古島さんの眼にうつつた姉さまの表情だつたのかも知れません。そのどれでもあるやうでもあり、そのどれでもないやうな気もしました。
「あんまり気味のいい絵でもないわねえ。いかにもあの古島さんらしい
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