しいほど急調子に展開しはじめて、あざやかな場面が際限もなく繰りひろげられたやうです。今ではもう跡形もないはずのあの大磯の別荘の芝生を、やはり月夜なのでせう、はつきり見える姉さまの顔と並びあひながら、何やらしきりと口論しながら歩いてゐる場面が妙にはつきり思ひだされるだけで、あとはきれいに忘れてしまひました。
 まあつまらない夢の話なんかやめませう。あくる朝――といつてもお午《ひる》ちかく起きると、千恵はそんな夢のことより、N会堂のことが気になつて気になつて仕方がありませんでした。千恵はそれまでN会堂はあの大きなドオムを遠目に眺めるだけで、一度も門内へはいつたことさへありませんでしたが、さうなるともう、あの聖堂のなかに何か容易ならぬ謎《なぞ》がひそんでゐるやうな気がしきりにしだして、矢も楯《たて》もたまらなくなりました。ところが産院の方は本館づとめとは違つて色々と雑用が多く、受持も育児室から産室、それから分娩《ぶんべん》室といふ工合《ぐあい》にぐるぐる廻るものですから、外出の機会がなかなかありません。それでもやつと何かの用事にかこつけて抜けだして、まるで息せき切つた思ひであの会堂に寄つてみ
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