ととかの似てゐるところでもあるのかしらと思つて……」
と千恵は、さりげなくHさんの口占《くちうら》を引いてみました。何しろ潤太郎さんのことは、ほんの幼な顔しか覚えがなく、その記憶も今では随分うすれて、どこか面影《おもかげ》がその児《こ》に通ふやうでもあり、さうかと思ふと通ふやうでもなし、そのため不気味さがますます募るやうに思はれ、やりきれなかつたからです。Hさんなら潤太郎さんの顔を、割合ひ最近まで折ふし見かける機会があつたに相違ありません。
「そりや、まるで似もつきはしないわ!」とHさんは言下に答へました。――「あの坊ちやんは眼のくりくりした、頬《ほお》の色つやのいい子で、あんな青んぶくれのぶよぶよぢやなかつたことよ!」
そんな語気から察するところ、その児と潤太郎さんとを同列に置いて考へることさへ、Hさんにはさもさも心外だといつたふうに取れました。それが千恵にはもちろん満足でもあり、と同時にHさんの人の好い気負《きお》つた様子が、なんだか少し滑稽《こっけい》でもありました。千恵がそのまま下を向いて黙つてゐると、やがてHさんはまだ腹の虫が収まらないといつた調子で、早口にこんなことを言
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