ぬ点を聞き返すことができました。
「すると、あの奥さんは行方しれずになつたその坊ちやんのことがまだ思ひきれずに、ああして産院なんかを覗《のぞ》きにくるのでせうかしら?……」
「一口に言ふと、まあそんなことなのね。けれど実際に生きてる子にめぐり会へる気でゐるのかどうかといふことになると、そこがどうやら怪しいのよ。現にああして廊下の窓から覗《のぞ》いてゐる目附きにしたところで、何かを捜すやうな落着きのない目つきぢやなくて、何かじいつと一点を見つめるやうでゐて、そのくせ妙にとりとめのない、まあ要するに夢と現《うつ》つの間をさまよつてゐるみたいな目つきなんだわ。それだけに一層もの凄《すご》く感じられるわけなのね。……いつぞやわたし、附添ひのFさんにちよつと聞いてみたことがあるけれど、あれでゐてあの奥さんとても大人しいんだつて。へたに逆らはずにそつとして置きさへすれば、ふつうの人以上に扱ひやすい患者さんだつてFさん言つてゐたわ。分裂症であんなおだやかな人は珍らしいと、先生がたも言つてゐるさうよ。Fさんの話だけれど、あんなふうに窓を覗きにくるのだつて、何もはじめからその積りで来るのぢやなくて、夜の
前へ
次へ
全86ページ中59ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング