提議したのでした。――あすの朝になれば一体あまさず引取つてもらへるのだから、浄《きよ》めはまあそれからでもいいではないか、と司祭さんは一おう制したさうですが、「それは如何《いか》にもそれに違ひはないが、現に日ましに烈《はげ》しくなる空襲の模様をみると、あすまたどのやうな事がはじまるものやら分つたものではない。いやそれどころか、第一わたしたちの命にしたところで、あすの日は知られないではないか……」といふ、敬虔《けいけん》な家政婦の尤《もっと》もでもあれば熱心でもある言葉に、司祭さんも結局賛成せずにはゐられませんでした。Hさんもその清掃の手伝ひをさせられたわけです。さう事が決まると司祭さんは、ゲートルを巻いた防空服装のまま跣足《はだし》になつて、みづからその浄めの奉仕の先頭に立ちました。
 奉仕の人数は四人でした。もう一人、古島さんといふ教僕が、すすんで手伝ひをしたからです。この古島さんといふ人は、なんでも九十九里あたりの漁村から来た青年ださうですが、奇妙なことには片腕――しかも右の腕が、根もとからありませんでした。その不具の原因は、千恵もたうとう聞き出すことができませんでしたが、決して戦
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