、どこかへ運んで行つたさうです。けれどやはり載せきれずに、まだ五六体ほど残つたのですが、もうそろそろ夕方近くだつたので、翌る朝でなければ残りは運べないことになりました。
その夕方はじめて、Hさんは本堂へ足を踏み入れてみたさうです。それがどれほど無残な有様だつたかを、Hさんはこまごまと物語りました。あとになつて思ひ合はせると、Hさんが一ばん力を入れて話したのは、ほかならぬその地獄絵のやうな光景だつたらしくさへ思はれるほどです。それを物語るHさんの頬《ほお》には、怪談をして幼い者をおびえあがらせる人の無邪気な情熱と、あの得意の色とがはつきり浮んでゐました。が今晩の千恵には、それを事こまかに母さまにお伝へする興味もなければ、またその必要もありません、地獄絵のあとに、聴く身にとつては何層倍も身の毛のよだつやうな物語が続いたのですから。……
………………………………………
その夕方、空が晴れわたつてまだ堂内がかなり明るく、それに珍らしくその日は警報の気配がないのを見て、信仰の篤《あつ》いHさんの従姉《いとこ》は、久しく肉の汚れに染められた聖堂のなかを、一まづ清掃してはどうかと司祭さんに
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