だつたさうです。何かの用事で構内を横ぎる時など、思はず耳に蓋《ふた》をせずにはゐられなかつたと、Hさんはさすがに眉《まゆ》をひそめて話すのでした。けれど、それはまだまだよかつたのです。やがて二三日すると、屍体はあらかた引取られましたが、それでもまだ二三十体は残つてゐました。それがそろそろ屍臭《ししゅう》を発しはじめたのです。もちろん堂内の窓といふ窓は鉄扉《てっぴ》をかたくとざしてあります。入口の大扉も、引取人が殆《ほとん》ど来つくした今となつては閉めきりになつてゐるので、その異臭が外へもれる心配はまづありません、それなりに、いくら大きなあの本堂だとはいへ、密閉された空気は何しろ春さきのことですから、むうつと蒸れるやうな生温かさです。で、事情を知つた者の鼻には、その本堂から一ばん離れてゐる西門をくぐつた瞬間にすら、異様な臭気がどことなく漂よつてくるやうな気がしたと言ひます。
 さすがの司祭さんもたうとう堪《たま》りかねて、残る屍体の引取り方をやかましく警察へ交渉しはじめましたが、さうなると中々らちが明きません、四日目になり五日目になり、たうとう六日目になつてから、やつとトラックが一台きて
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