た。朝の九時近くになつて、Hさんは先《ま》づ妹と女中に逢《あ》ひ、つづいて兄さんたちや弟と行き会つたさうですが、お祖母さんが道ばたの防空壕《ぼうくうごう》のなかで焼け死んでゐることが分つたのは、やつとお午《ひる》近くになつてからでした。……
 とりあへずお母さんとHさんは駿河台《するがだい》の従姉《いとこ》の家へ、のこる家族は駒込《こまごめ》だかの親類の家に転がりこむことになりました。その従姉といふ人は後家《ごけ》さんで、あの有名なN会堂のすぐ崖《がけ》下に住んでゐました。その教会の古くからの信者で、それが縁で構内に宿をもらつて、司教館の家政婦のやうな役目をしてゐたのです。やつと持ち出した二つ三つの風呂敷包やリュックと一緒に、Hさん親子がその宿に移つたその夕方ちかく、N会堂では思ひがけない不思議なことが起りました。何百といふ焼死体が、トラックや手車でぞくぞくと本堂へ運びこまれたのです。Hさんは実際にその有様を見たのださうです。そればかりか、そのうち十体ほどは運び込む手伝ひをさへしたと言つてゐます。さすがに気持が悪くなつて、いそいで家へ逃げこんで蒲団《ふとん》にもぐりこんださうですが。…
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