のくらゐ時間がたつたか知りません。五分か、たぶん十分にはならなかつたと思ひます。ふと千恵は何か白いものの気配を目の端に感じて、その方をふり向きました。そこは廊下の窓でした。その窓のそとから、姉さまがじつとこちらを見てゐました。……その白い顔が姉さまだといふことは千恵にはすぐ分りました。驚くひまも、あわてるひまもなかつたほどでした。暗い廊下の闇のなかに、くつきりと浮びあがつてゐる白い顔。それがもし姉さまの稍※[#二の字点、1−2−22]《やや》面《おも》やつれのした尖《とが》つたやうなお顔でなかつたら、千恵は却つて恐怖の叫びをあげたかも知れないのです。千恵は動じませんでした。落ちついてさへゐました。じつと姉さまの顔を見返しながら、「大丈夫、千恵の方は逆光線になつてゐる……」とそんな意識が心のどこかにあつたほどです。それでも動いたり顔色を変へたりしてはいけないと思ひました。姉さまは大きな眼で、食ひいるやうにこちらを見てゐましたが、そのくせ千恵には気づいてもゐず、眼の行く先もすこし外れてゐることが、すぐに分つたのです。でも、そのそれてゐる視線の先にやがて気がついたとき、千恵は思はずアッと声を
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