ないやうな人でしたので、千恵はなんだか一そう心細く、いつそ誰か子どもが二三人いちどきに泣きだしでもしてくれたら気がまぎれるのにと、すやすや寝息をたててゐる赤んぼの顔をそろそろ覗《のぞ》いて廻りながら、妙に怨《うら》めしい気持がしたほどでした。
やがてどこか遠いところで時計が一つ鳴りました。腕時計を見ると十時四十分です。そろそろあの子が寝ぼけだす頃だと思つて、千恵は保姆《ほぼ》さんと反対側の壁ぎはの椅子をはなれて、そつとその子のベットのそばへ寄つて行きました。かなり大きく薄眼をあけて、よく寝てゐる様子です。口も半びらきになつて、よだれが出てゐます。そつとガーゼで拭《ふ》いてやりました。青ぶくれの顔が却《かえ》つて透きとほるやうに見え、へんに不気味な大人つぽい感じなのですが、よく見るとさう悪い顔だちでもありません。きつとこの子は父親似なのだらうと思ひました。なんとなくそんな気がしたのです。しばらくその顔を見守つてゐましたが、べつに起きだすやうな気色《けしき》はなく、身じろぎ一つしません。薄く開いてゐる目蓋《まぶた》のあひだが、なんだか青い淵《ふち》のやうでした。……
そんなふうにしてど
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