といふ話でした。
三晩目のことです。病院にはさすがに停電こそありませんが、その晩は殊《こと》のほか電圧がさがつてゐるらしく、只《ただ》でさへうす暗い電球はどれもみんな、なかの繊《ほそ》い線が赤ぼんやりと浮いて見えるほどでした。交代になつて出た頃には子どもはみんな寝しづまつてゐて、寝つきのわるいのが癖の窓ぎはの赤んぼまでが、その晩はふしぎなほど穏やかでした。時をり隣の部屋から、まだ生まれたての赤んぼらしく、ひ弱さうな嗄《しわが》れた泣声がほそぼそと聞えて、またぱつたり絶えてしまひます。それが却《かえ》つてこちらの部屋の静けさを深めるのでした。例の古参の保姆さんはその晩は非番で、代りにゐるのはちよつと目に険のある若い人でした。もちろんその晩が初対面で、千恵が「どうぞよろしく」と丁寧に挨拶《あいさつ》しても、こくりと一つうなづいたきりで、ちやうどその時むづかりだした子の方へさつさと行つてしまひました。おそるおそるそのあとからついて行つた千恵には目もくれず、さつさと自分でおむつの処置をして寝せつけてしまふと、それなり壁ぎはの椅子《いす》にかけて雑誌か何かを読みはじめました。そんな取りつく島も
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