ました。それは大柄な男の子で、生後八ヶ月たらずでしたが二つにも三つにも見える青ぶくれの気味のわるい子でした。母親はお産のあとで肺浸潤と診断されて、本館の西病棟に寝てゐるといふことでしたが、この子もなりは大きいくせに智慧《ちえ》づきはひどく遅く、おまけに毎晩かならず一度は寝ぼけて起きあがる癖がありました。かと云つて泣いたり騒いだりするのではありません。時刻も大がい十時半ごろに限つてゐましたが、すうつと音もなく立ちあがつて、手すりにぼんやりつかまつてゐるのです。よだれを垂らし眼はうつろで、べつに手すりを伝はつて廻るのでもなく、幽霊みたいにじいつと立つてゐるのです。一晩目も二晩目も千恵は急に泣きだした窓ぎはの赤んぼに気をとられてゐて、この子の立ちあがるところは見ませんでした。いつのまにか立つてゐるのに暫《しばら》くしてから気がついて、思はずぞつとしたのです。幸ひその晩は古参の保姆《ほぼ》さんがまだ残つてゐて、その子の癖や扱ひ方などを千恵に教へてくれました。さはらずに放つておいても別に危険はないらしいのです。ただかうした頭でつかちの子供の常として、脚《あし》の発育はひどく後れてゐるから、手すり
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