《えいじ》たちに限られてゐたからです。そんな赤ん坊用の大小のベットはおよそ四五十もあつたでせうが、それがみんな四方にかなり高い鉄の手すりの附いた、まるで檻《おり》のやうな恰好《かっこう》のベットなのでした。大きな二つの部屋を、六人ほどの看護婦で受持たなければならなかつたからです。わざと燭光を低くした黄いろい電燈が、とろんとにぶく部屋を照らしてゐます。夜がふけると、まるで無人の死亡室にでもゐるやうな不気味さでした。ベットはほとんど満員なのですが、張りのある元気な泣声を立てるやうな赤ん坊は一人もゐないのでした。あの押しつぶされたやうなみじめな嗄《しわが》れ声で泣く赤ん坊――それも広い部屋のなかに二人か三人ぐらゐなものでしたが、産児室の夜勤をしてくらした十日ほどの経験を、千恵はもう二度とふたたび繰り返したくないと思ひます。子供を生むといふことの怖ろしさ、女に生まれたことの罪ぶかさ……そんなことがしみじみ思ひ知られるのでした。ベットはみんな、どうしたわけか水色に塗つてありました。
 二号室のほぼ中央の列の、割合に窓に寄つたところにある大型ベットにゐる子は、そもそもの最初の晩から千恵の注意をひき
前へ 次へ
全86ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング