。現在お世話になつてゐるG博士は、この病院の外科部長でもおありなのです――)おミサのことはそのまま忘れてしまひましたが、清らかな歌ごゑだけはその日の手術のあひだも妙に耳の底にのこつて、消えてはまたふつと現はれたやうな気がします。なんといふ聖歌なのか知りませんが、その旋律は日ましにおぼろになりながら却《かえ》つて印象はだんだん強くなつて、ある聯想《れんそう》と次第にはつきり結びついてゆきました。それは一口に言へば、姉さまはきつとあのおミサの会衆のなかにいらしたに違ひないといふ聯想でした。この聯想はやがて確信になりました。……
次の日曜日のことでした。折あしく受持ちの患者さんの一人が熱を出して、うは言までちよいちよい言ふ始末で、正規の看護婦はみんな信者ですからおミサに行つて留守《るす》ですし、千恵はなかなか病室をはなれられず、やつと隙を見て礼拝堂へ駈《か》けつけた時にはもうおミサは終りに近いらしく、静まり返つた堂内には一せいに跪《ひざまず》いた会衆のうしろ姿だけが、扉のない入口から見てとれました。その静寂をおして堂内へはいることは憚《はばか》られました。千恵は上靴《うわぐつ》の音を忍ばせ
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