に同じく鼠色のハンカチのやうな頭布をピンで留めてゐるのですから、これはもう姉さまの方でこの病院にはてつきり千恵がゐるにちがひないと思ひこんで、行きあふ女の顔を一つ一つじつと覗《のぞ》きこみでもなさらないかぎりは、決して見つけられる気づかひはないはずなのです。さう思ふと割に気持が楽になりました。千恵はわざわざ二階へ降りるのに東側の階段を使つたりして、なるべく廊下の往き来を頻繁《ひんぱん》にして、再び姉さまの姿をよそながら見る機会を、ひそかに窺《うか》がつてゐました。
 ふしぎなもので、その二度目の機会はなかなか来ませんでした。こつちで会はうとする人には、あせればあせるほど益々《ますます》めぐり会へないものと見えます。千恵が三階の廊下を、わざと遠廻りに東側の階段へまはつてみたり、あるひは昇りしなにその逆の道順をとつてみたりするたびに、廊下にも階段にもまるつきり人影の見えないのが常でした。つやつやと拭《ふ》きこまれたリノリウムに、朝の日ざしが長く長くのびてゐたこともあります。ちやうど三一八号室の角のへんに、患者運搬用の白い四輪車が、置き忘れられたみたいに立つてゐたこともあります。けれど姉さま
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