る宗教的な性質から見て明らかでしたが、さうかと云つて別にとりわけ重症患者ばかりを収容してゐるわけでもないところを見ると(現に姉さまは庭をかなり足早やに散歩していらしたのですものね――)、或ひは何かしら俗世のものならぬ特権――いはば教団のえにしとか篤信のあかしとかいふものによつて、選ばれた人たちのための病棟なのかも知れません。まあそんなせんさくだてはともかくとして、姉さまの居場所が思ひのほか近いことを知つた千恵としては、さぐる上の大きな便宜をあたへられたと同時に、こちらの姿を感づかれないために一応の気をくばらなければならない羽目にもなつたのでした。
ですが、これには大して心配も苦労もいらないことが間もなく分りました。若い女にとつての五六年の歳月といふものは、ひよつとするとどんな上手な変装よりも効果が強いかも知れません。ましてや最近三年ほどの東京の生活は、優に戦争前の二十年にも三十年にも劣らぬほどの遷《うつ》り変りを含んでゐると言はれてゐます。のみならず千恵は、すくなくもこの実習の期間中は病院のさだめに従つて、鼠《ねずみ》色の質素な見習看護婦服のほかは一さい着ることができないのです。それ
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