緒に看護婦見習をつとめてゐた三〇一号から三〇八号室までの一郭とは反対側の、東側病棟のほぼ中央にある部屋でした。受持の看護婦が、Fさんといふ殆《ほとん》ど婦長次席とも云つてもいいくらゐの格の人だといふことも、すぐに分りました。この病院では外部からの附添看護婦といふものを一さい受けつけず、どんな重症患者、どんな長期入院患者の場合でも、かならず病院直属の看護婦が受けもつことになつてゐるのです。
ところで、その三階の東側病棟といふのは、聖アグネス病院のなかでは一種特別の扱ひを受けてゐる、ちよつと神秘めいた一郭なのでした。看護婦仲間の通りことばでは、「神聖区域」と呼ばれてゐましたが、たしかにそこは、わたしたち実習生がやがてもう三ヶ月近くにもならうといふ実習期間を通じて、たえて足ぶみを許された例《ため》しのなかつた区域なのでした。うはさによれば、それは或る特別扱ひの患者だけを収容する大型の病室から成つてゐて、まあ一種の禁断の場所のやうなものだといふことでした。特別扱ひといつても、何もそれが財力だの門閥《もんばつ》だのといふ俗世の特権ばかりを目やすにしたものでないことは、もともとこの病院の帯びてゐ
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