つて》もないことは分つていただけるでせう。もし偶然の手助けがなかつたら、姉さまにめぐりあふ見込みはまづ全くなかつたのでした。
 ですから一たん病院の庭で姉さまの姿を見てからといふもの、そして危く言葉をかけそこねて以来といふもの、千恵にはこのめぐりあひが只《ただ》の偶然ではなくて、何かもつと深い或る予定のあらはれとしか思へなくなりました。さう思ふのもやはり、はかない人間の気休めの一種なのかも知れませんが、とにかく千恵は、このめぐりあひの意味なり正体なりを、じつと見つめてやらうと心に誓ひました。さうなるともう、(申し訳のないことですが――)姉さま自身のその後の運命や、またそれに就いてのお母さまの心づかひなどは、第二第三の問題にすぎないのでした。千恵はつまり、こつちは一さい姿をあらはさずに、こつそり姉さまの跡をつけてやらうと決心したのです。
 もちろん第一着手は、姉さまの病室や病名を調べることでした。これは診療カードを繰《く》れば造作もなく分りました。病名は抑鬱《よくうつ》症でした。軽度だが慢性に近いとも書いてありました。病室は三階の三一八号で、これはちやうどその頃わたしが同級のK子さんと一
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