かつたのです。もとより一応は区役所へ行つて聞いてはみました。都庁の何とかいふ係りへも紹介状をもらつて行つてみました。けれど両方とも結局むだ足でした。なるほど近頃のお役所の人たちは、言葉づかひこそ少しは柔らかになつたやうですが、そのため却《かえ》つて中身の空つぽさや不親切さが露《あら》はになつて、見てゐる方ではらはらさせられるやうな気味があるやうです。民主化なんて大騒ぎをしてゐますが、つまるところは日本人にもう一つ別の狡《ず》るさを身につけさせるだけのことにならないものでもありません。お母さまのおいでの田舎《いなか》の方には、そんな現象は見えないでせうか?
 それはとにかく、書類も焼け、なんの届けも出てゐないと言はれては、所詮《しょせん》のれんに腕押しです。一番ありさうなことは、姉さまも潤太郎さんも一緒に焼け死んでしまつたといふ想像でした。あの湯島のへんは火の廻りが早かつたせゐで、一家焼死の例が大そう多いとのことですから。……千恵はほとんどさう信じました。むしろ、さう信じたいと強く望んだ――と言つた方が当つてゐるかもしれません。これもやはり一種の狡るさなのかも知れません。もしさうでしたら
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