す。お母さまは姉さまを愛しておいでなのです。実の娘どうやうに、いえ実の娘以上にさへ愛しておいでなのです。「当り前ぢやないの!」つて、お母さまは小声でそつと抗議なさるでせう。千恵もさう信じます。それでこそあなたは千恵のお母さまなのです。けれどお母さまは、あんまり多くをお与へになつたのです。そのため何か大切なものをお失ひになつたのです。その報いが来たのです。……
 千恵はお母さまを責めようなどとは考へてをりません。人間が人間を責めることができるものかどうか、そんなことすら考へてはをりません。罪は多分どこにも、誰にもありはしないのです。ただ人の子を躓《つま》づかせるものがあるだけなのです。
 ……ここまで書いて来て、千恵はどうやらやつと覚悟がきまりました。ではお母さま、以下が千恵の御報告です。この報告を書くことを、おそらく千恵は後悔しないでせう。これをお読みになつて、お母さまもどうぞ後悔なさいませんやうに! 千恵はそれを祈りもし、またほとんど信じさへしてをります。
   ………………………………………
 千恵が姉さまの姿をはじめて見たのは、前にも書いたやうに今日から一月あまり前、あの聖アグネ
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