お母さまの思ひきつたあの処理のため、千恵はほんとに打つてつけの時機に、依頼心といふものからも射倖心《しゃこうしん》といふものからも切り離されました。これはしみじみ有難いと思ひます。
おや、またお母さまの笑顔がちらつきます。こんどは何を笑つておいでなのですか? 「そんなこと、わざわざお礼には及びませんよ。母さんはただ自分のしたいことをしたまでの話ですよ」と仰しやるのですか? まさかさうではありますまい。「母さんのしたことがいいか悪いか、まあそんなことにはくよくよせずに、せつせと勉強しなさいよ。をかしな子だねえ」と仰しやるのですか? もちろんさうでもありますまい。どうぞ千恵の不遠慮な推量をおゆるし下さい。どうやら千恵の眼には、お母さまの苦しさうな笑顔がちらつくやうです。当りましたか、それとも……いいえ、これが当らないはずはありません。それでなくつてどうしてお母さまが、姉さまの行方をあんなに気になさるはずがありませう。どうして姉さまのことで、悪夢などまでごらんになるはずがありませう。それとも……
………………………………………
いやいや、やつぱりこれは千恵の思ひすごしではないはずで
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