やすんだらどう? ……
フィールス へえ。……(にやりと笑って)そりゃ、さがって休むのも宜《よろ》しいけれど、あとは誰が給仕をいたします。誰が采配を振ります? うちじゅうに、一人でございますよ。
ヤーシャ (ラネーフスカヤ夫人に)奥さま! じつはお願いの筋がありますんですが、どうぞお聞きになってください! もしまたパリへお出かけになるようでしたら、後生でございます、わたしにお伴《とも》させてくださいまし。ここにおりますことは、絶対に不可能なんでして。(あたりを見まわし、声をひそめて)今さら申上げるまでもなく、ご自身とうにご存知のとおり、何しろ無教育な国で、民衆は品行がわるいし、それに退屈で、お勝手の食べ物ときたら目もあてられませんし、おまけにあのフィールスのやつが、うろうろしおって、色々と愚にもつかんことを、ぼそついておりますしねえ。わたしをお連れくださいまし、お願いでございます!
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ピーシチク登場。
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ピーシチク どうぞ奥さん……ワルツを一番ねがいます……(ラネーフスカヤ、彼と歩きだす)天女のような奥さん、とにかく百八十ルーブリは拝借しますよ……。ぜひ拝借しますよ……(踊る)百八十ルーブリ……(広間へ移る)
ヤーシャ (そっと口ずさむ)「きみ知るや、わが胸のこの痛み……」
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広間で、灰色のシルクハットに格子縞《こうしじま》のズボンをはいた人物が、両手を振ったり跳ねあがったりする。「ブラヴォー、シャルロッタさん、大出来、シャルロッタさん!」と口ぐちに叫ぶ。
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ドゥニャーシャ (立ちどまって、白粉《おしろい》をはたく)お嬢さまったら、あたしにも踊れって仰《おっ》しゃるのよ――殿がたは大勢なのに、婦人が少ないからって。――でもあたし、踊ったおかげで目まいがするわ、心臓がどきどきするわ。ちょいとフィールスさん、今しがた郵便のお役人さんが、あたしに大変なことを仰しゃったの、あたし息がとまりそうになっちゃった。
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音楽がしずまる。
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フィールス なんと仰しゃったかい?
ドゥニャーシャ あんたは
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