ていた。
「日はずんずん経《た》って行きますけれど、でもここはほんとうに退屈で!」彼女はそう、彼の方を見ずに言った。
「ここは退屈でというのは、通り文句に過ぎないんですよ。早い話が、*ベリョーフだとかジーズドラだとかいった田舎町でけっこう退屈もせずに住みついている連中までが、ここへ来たが最後『ああ退屈だ! ああ何て埃《ほこり》だ!』の百曼陀羅《ひゃくまんだら》なんですからねえ。まるで*グラナダからでもやって来たような騒ぎで」
彼女は笑いだした。それから二人は、知らない同士のように無言で食事をつづけた。が食事が済んで、肩を並べて表《おもて》へ出ると――すぐもう冗談まじりの気軽な会話が始まった。どこへ行こうと何の話をしようとどうでも結構な、閑《ひま》で何不足ない連中のやるあれである。二人はぶらぶら歩きながら、不思議な光を湛《たた》えている海のことを話し合った。水はいかにも柔かな温かそうな藤色をして、その面には月が金色の帯を一すじ流していた。二人はまた、炎暑の日の暮れたあとがひどく蒸《む》し蒸しすることも話題にした。グーロフは、自分がモスクヴァの者で、大学は文科を出たけれど現在銀行に勤めて
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