化粧
神西清
これは昔ばなしである。――
二人はおさない頃から仲よしだつた。家は大和の国の片ほとり、貧しい部落に、今ならばさしづめ葭簀ばりの屋台で、かすとり焼酎でも商なふところか、日ごとに行商をして暮らしを立てる、隣どうしであつた。
幼い二人は背戸の井筒のほとりで、ままごとや竹馬あそびをしてゐた。遊びにあきると二人で井筒に寄り添つて丈くらべをした。年は少年が三つ上だつたが、背丈は少女の方が高かつた。少年はいつも負けて口惜しがつた。
井筒につける二人の爪の痕が、だんだん上へ伸びていつた。やがて井筒の丈では間に合はなくなつた。二人はあまり遊ばなくなつた。水を汲みに来てばつたり出会ふと、二人は頬を赤らめた。
さうして何年かたつた。
「さあ今ではもう、井筒に印しをつけることもゐるまいね。僕はこんな脊高のつぽになつたからね」と、ある日のこと青年が言つた。
「わたしの振分髪も、あの頃はあなたと追つつかつつでしたが、ほらもうこんなに、肩の下まで来ましたわ。この髪を掻きあげてくださるのは誰かしら?」と、乙女は答へた。
そうして二人は結婚した。
やがて女の母親も死んだ。二人は自分で暮らし
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