を立てることになつた。
 そこで男はやはり行商に出ることにきめて、河内の国の高安の市へ、仕入れに出かけることになつた。市の商人は愛想がよかつた。娘たちは花やかに着かざつてゐた。若者は目がさめたやうな気がした。
 そのうち彼には恋人ができた。仕入れの旅がだんだん長びいて、十日になり、半月になつた。若い妻はそのわけをさとつた。けれど怨む様子も妬む気色も、一向に見えなかつた。
 若い妻は、甲斐々々しく立ち働いて、をつとの旅立ちの仕度にしても、却つて前より念入りにする。男はふしぎに思つた。ひよつとするとこれは、別の男でもできたのではないかと疑つた。
 嫉妬に責められだしたのは、却つて男の方だつた。
 そこで男は、ある日やはり河内へ旅だつた振りをして、村はずれまで来ると、こつそり後へ引き返した。さうして庭先の萩のしげみに身を忍ばせて、夕闇の迫るまで、ひそかに妻の様子をうかがつてゐた。
 若い妻は夕方になると、身じまいをし、薄つすらと化粧までして、膳部を二つ、縁先ちかくならべて据えた。けれど、箸を手にとるでもなく、そのまま縁へにじり出て、ぼんやり庭先などを眺めてゐる。その物案じ顔が、男の心には人待
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