うがん》にのみ委《ゆだ》ねられてゐることではあるまいか。尤《もっと》も彼女の遺文は主として哲学|乃至《ないし》は宗教の論議に渉《わた》るものであり、且《か》つその一部が羅典《ラテン》語で記されてゐることなどが、ながく一般の注意の彼方《かなた》に逸し去つた原因であるかも知れぬ。それにせよ、ジェイン・グレイの遺文に満ち溢《あふ》れるばかりの博識と信念、深情と智性とが、不滅の文学的モニュマンを築き上げてゐることに変りはない。
 伝へに依《よ》れば、彼女は羅典、希臘《ギリシャ》をはじめ、ヘブライ、カルデヤ、アラビヤ、仏蘭西《フランス》、伊太利《イタリヤ》と、都合七つの外国語に通暁《つうぎょう》してゐたことになつてゐる。これは少し割引きして見ることにしても、その他音楽にも針仕事にも堪能だつたと言はれる彼女の博学と文藻《ぶんそう》、それから女性らしい優雅さは疑ふことは出来ないのだ。その遺文として今日確証されてゐるものは次の八種である。
 (一)チュリッヒの牧師ハインリヒ・ブリンゲルに宛てたる書簡三通(ともに羅典語)
 (二)旧教に改宗せる友(恐らくサフォオク公附の牧師ハアヂング博士ならん)を責めた
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