イチの埋葬は、息子の帰宅さえも待たずに、さっさと執行されてしまった。というのは、何しろ暑気のはげしい時候だったし、息子のジノーヴィー・ボリースィチは、使いの者が行ってみると製粉所にはいなかった。なんでも、もう二十五里ほど先へいった土地に、格安な森の売物が出たのを聞きつけたとかで、その検分に出かけたとまでは分っていたが、誰にも行先を言いのこして置かなかったのである。
そんなふうに埋葬の片をつけてしまうと、カテリーナ・リヴォーヴナは、まるでもう見違えるような気性の烈しい女になってしまった。それまでだって、ただの内気な女ではなかったのだが、今度という今度はもう、一たい何をやりだす気なのやら、はたの者にはてんから見当もつかぬ始末だった。まるでカルタの切札みたいにのさばり返って、店のことから内証向きのことまで万事ばんたん采配をふるう一方では、セルゲイは相かわらず一刻もおそばから離さない。雇い人たちもさすがに、これはおかしいぞとそろそろ感づきはじめたが、その都度カテリーナ・リヴォーヴナからたんまり目つぶしの料をくらわされて、たちまち疑念も何もかき消えてしまうのだった。――『いや読めたわい』と、雇
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