5、1−13−25]

 ボリース・チモフェーイチは夜の床に就くまえの腹ふさげに、松露をオートミールにあしらってすこし食べたが、ほどなく胸やけがして来た。と思うと急に、みぞおちのへんに差しこみが来て、はげしい吐瀉がそれにつづき、明けがた近く死んでしまった。老人の穀倉にはかねがね鼠が出るので、カテリーナ・リヴォーヴナは或る危険な白い粉末の保管をゆだねられていて、手ずから特別の御馳走をこしらえる役目だったが、まさにその鼠と寸分たがわず、ころりと老人は死んでしまったのである。
 カテリーナ・リヴォーヴナは、大事なセルゲイを老人の石倉からたすけ出すと、まんまと人目にかからずに亭主のベッドに寝かせつけ、舅のふるった鞭の傷手を、ゆるゆる静養させることになった。いっぽう舅のボリース・チモフェーイチは、鵜の毛ほどの疑念すら生むことなしに、キリスト教の掟にしたがって埋葬された。いかにも不思議なことだが、ふっと煙のきざしを嗅いだ人さえ、誰一人なかったのである。ボリース・チモフェーイチは死んだ、まさしく松露を食って死んだ、松露にあたって死ぬ人は世間にゃざらにある――というわけだ。おまけにボリース・チモフェー
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