、囚人たちの脇腹でつるつるに磨きのかかった板どこから素早くとび起き、外套を肩に羽織って前に立っている案内人をつついた。
カテリーナ・リヴォーヴナは廊下を歩いて行きながら、ただ一箇所ほの暗い灯明皿の明りがにぶく照らしている場所で、二タ組だか三組だかの連中に突きあたったが、遠見にはそこに人がいる萌しなんぞさっぱり見えないのだった。カテリーナ・リヴォーヴナが男囚の監房の前に通りかかると、戸についている覗き窓から、忍び笑いの声がきこえた。
「ええ、やっていくさる」と、カテリーナ・リヴォーヴナの案内人は腹だたしげに呟いて彼女の肩をつかむと、隅の方へぐいと一突きし、そのまま向うへ行ってしまった。
カテリーナ・リヴォーヴナが手さぐりすると、片手には外套とあご鬚がさわった。もう一方の手には火照った女の顔がさわった。
「誰だ?」と、セルゲイが小声できいた。
「おや、お前さん何してるの? 誰が相手なの?」
カテリーナ・リヴォーヴナは暗がりの中で恋仇の頭巾を引っぱがした。向うはするりと横へ抜けると、一目散に逃げだしたが、廊下の中途で誰かにぶつかって、でんぐり返しを打ったらしい。
男囚の監房からどっと
前へ
次へ
全124ページ中103ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング