ちていたが、こいつは一体どこから舞い込んだわけだろうな?」
ジノーヴィー・ボリースィチは敷布の上から、セルゲイの細い羅紗のバンドを拾いあげると、その端っこをつまんで細君の眼のまえに突きつけた。
カテリーナ・リヴォーヴナは、ちっともたじろぐ色もなく、
「お庭で拾ったんですの。丁度いいので、下紐がわりに使っていましたの。」
「なるほどなあ!」と、ことさら語気をつよめてジノーヴィー・ボリースィチは言い放って、――「おれも実は、そのお前さんの下紐のことで、何かと聞き及んでいるんだがな。」
「一たい何をお聞きになったんですの?」
「まあ、お前さんのいい事を色々とな。」
「わたしべつに、いい事なんぞありゃしませんのにさ。」
「まあいい、いまに分るさ、洗いざらい分っちまうさ」と、飲みほした茶碗を細君の方へ押しやりながら、ジノーヴィー・ボリースィチが答えた。
カテリーナ・リヴォーヴナは黙りこくっていた。
「とにかくお前さんたちの一件はな、カテリーナ・リヴォーヴナ、すっかり明るみに出さずにゃ置かんつもりだよ」と、まただいぶ長く続いた沈黙のあとで、細君に眉根をしかめて見せながら、ジノーヴィー・ボリースィチが吐きすてるように言った。
「憚りさま、このカテリーナ・リヴォーヴナは、それほど臆病じゃありませんわ。大してびくついてもいませんですわよ」と、彼女はやり返した。
「なに! なんだと!」と、思わず声をあららげて、ジノーヴィー・ボリースィチが叫んだ。
「いいえ別に――みんな済んだことですわ」――と彼女は答えた。
「おいおい、ちっと気をつけたがよかろうぜ! お前いつのまにか、えらく口が達者になったなあ!」
「おや、口が達者になってはいけませんでしたの?」と、カテリーナ・リヴォーヴナは投げかえす。
「それよりかな、もうちっとわが身を省みたほうがよかろう、ということさ。」
「あたし何も、省みることなんかありゃしませんもの。そのへんの金棒引きが、あること無いこと口から出まかせに言いふらす。その中傷沙汰を、一つ残らずこのあたしが背負いこまなけりゃならないんだわ! そんな話って一体あるもんかしら!」
「ところが金棒引きどころか、世間にゃもう立派に、お前たちの色恋ざたが知れわたっているんだぜ。」
「あら、どんな色恋沙汰ですの?」と、今度は本気でさっと顔を紅潮させて、カテリーナ・リヴォーヴナが金切り
前へ
次へ
全62ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング