い女なんかと出来合うなんてさ? だいいち値打ちのない女に、惚れるなんていう法はないわ。」
「口はなんとでも言えまさあ! だがね、一体全体そうした物ごとが、理窟や分別ではこぶとでも思うんですかい? ふらふらっと迷いこむ、ただそいだけのことでさあ。……女がいる。その女とね、こっちじゃ別にこれという下心もなしに、あっさりつきあっているうち、ひょいと戒律を犯してしまう。そうなると女は、こっちの首っ玉へぶらさがって来て、いつかな離れることじゃない。これがつまり、恋仲っていうもんでさ!」
「いいかい、セリョージャ! あたしはね、お前さんにこれまでどんな女があったかは知らないし、今さら野暮ったくそれを洗いたてようとも思わないさ。ただね、これだけはお忘れでないよ――あたしたち二人が、今の仲になるまでにゃ、どんなにお前さんがあたしを口説き立てたかっていうことをさ。お前さん自身だって忘れちゃいまいねえ、――何もあたしからばっかし好きこのんでこの恋に身を投げだしたわけじゃなくって、まあ半分がとこはお前さんのワナにはまったも同然だったということをね。だからさ、もし万が一お前が、いいかいセリョージャ、このあたしを今更ほかの女に見かえるようなことがあったら、よしんばその女がどこのどなた様であろうがあるまいが、ねえ可愛いセリョージャ、済まないけどあたしはお前さんと、とても生きちゃ別れられまいと思うのさ。」
 セリョージャはぶるりと身をふるわせた。
「だってさ、カテリーナ・イリーヴォーヴナ! おいらの大事な掛替えのないお前さん!」と、彼は急に雄弁になって、――「二人の仲だの何だのって仰しゃるけどね、そういうお前さん自分で、それがどんなもんだか、とっくり検分してみなさるがいいや。現に今しがたもお前さんは、おいらが今晩は妙に沈んでると言いなすったがね、これでもおいらが沈まずにいられるものかどうかという、そこんところを、ちっとも考えちゃくれないんだ。おいらの心の臓はね、ひょっとすると、べっとり固まった血のりの中に、ずぶり浸《つか》っているようなもんだぜ!」
「聞かせて、さ、聞かせておくれ、セリョージャ、お前さんの苦労を洗いざらい。」
「聞かせるも何もありゃしねえ! 第一さ、今にもそら、思ってもぞっとするぜ、お前さんの亭主が、がらがらっと馬車で帰ってくる。と、途端にもう、可哀そうなこのセルゲイ・フィリップ
前へ 次へ
全62ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング