5、1−13−25]
ボリース・チモフェーイチは夜の床に就くまえの腹ふさげに、松露をオートミールにあしらってすこし食べたが、ほどなく胸やけがして来た。と思うと急に、みぞおちのへんに差しこみが来て、はげしい吐瀉がそれにつづき、明けがた近く死んでしまった。老人の穀倉にはかねがね鼠が出るので、カテリーナ・リヴォーヴナは或る危険な白い粉末の保管をゆだねられていて、手ずから特別の御馳走をこしらえる役目だったが、まさにその鼠と寸分たがわず、ころりと老人は死んでしまったのである。
カテリーナ・リヴォーヴナは、大事なセルゲイを老人の石倉からたすけ出すと、まんまと人目にかからずに亭主のベッドに寝かせつけ、舅のふるった鞭の傷手を、ゆるゆる静養させることになった。いっぽう舅のボリース・チモフェーイチは、鵜の毛ほどの疑念すら生むことなしに、キリスト教の掟にしたがって埋葬された。いかにも不思議なことだが、ふっと煙のきざしを嗅いだ人さえ、誰一人なかったのである。ボリース・チモフェーイチは死んだ、まさしく松露を食って死んだ、松露にあたって死ぬ人は世間にゃざらにある――というわけだ。おまけにボリース・チモフェーイチの埋葬は、息子の帰宅さえも待たずに、さっさと執行されてしまった。というのは、何しろ暑気のはげしい時候だったし、息子のジノーヴィー・ボリースィチは、使いの者が行ってみると製粉所にはいなかった。なんでも、もう二十五里ほど先へいった土地に、格安な森の売物が出たのを聞きつけたとかで、その検分に出かけたとまでは分っていたが、誰にも行先を言いのこして置かなかったのである。
そんなふうに埋葬の片をつけてしまうと、カテリーナ・リヴォーヴナは、まるでもう見違えるような気性の烈しい女になってしまった。それまでだって、ただの内気な女ではなかったのだが、今度という今度はもう、一たい何をやりだす気なのやら、はたの者にはてんから見当もつかぬ始末だった。まるでカルタの切札みたいにのさばり返って、店のことから内証向きのことまで万事ばんたん采配をふるう一方では、セルゲイは相かわらず一刻もおそばから離さない。雇い人たちもさすがに、これはおかしいぞとそろそろ感づきはじめたが、その都度カテリーナ・リヴォーヴナからたんまり目つぶしの料をくらわされて、たちまち疑念も何もかき消えてしまうのだった。――『いや読めたわい』と、雇
前へ
次へ
全62ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング