ある家』を取り上げてみよう。これは『画家の話』という傍題のある、そしてチェーホフの抒情はついにここに凝ったのではないかと疑われるほどに甘美な作品である。なかでも夏の宵《よい》の別れの場面などは、遠い昔に読んだ荷風《かふう》の『六月の夜の夢』を思わず想い起させるほどの情趣に富んだものだが、まあそれはそうとして、僕の解するかぎりこの作品は次のようなムーヴマンを追っているのである。
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第一楽章。平明な緩徐調。――画家が道に迷ってヴォルチャーニノフの家に近づく。その姉娘と知り合う。招待、訪問。ヴォルチャーニノフ家の教養ある空気。
第二楽章。軽快調から漸次《ぜんじ》急調子に。――画家が自分の遊民的生活に感じる不満。しかも社会事業家型の姉娘よりも、純な妹娘の方に牽《ひ》かれる心の矛盾。妹娘との親しみの急速な深まり。会話。幸福感。ふと思い出したように生活への衝動が来る。それと、友人の抱く悲観説との対照。
第三楽章。躁急調《そうきゅうちょう》。――画家のユートピア的な夢想と姉娘のトルストイ的な実行主義との正面衝突。この章は激論に終始する。
第四楽章。軽快調から漸次緩徐調に
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