是《こくぜ》に則《のっと》つて、礎石と鉄骨を除くほかは壁も床も天井も屋根も、全部が無色の透明ガラスである。カーテンや家具や食器も、やはり同様である。病院建築にしても、無論その例外ではない。もつとも技術的ないし人道的な見地から、特例として局所的な遮蔽《しゃへい》の行はれる場合もある。つまり分娩《ぶんべん》とか掻爬《そうは》とかの、苦痛や惨忍性を伴ふ場合がそれであつて、この時は手術台なり分娩台なりを、到底肉眼の堪へぬほど強烈な白熱光をもつて包むのである。ただし患者および施術者に限つて、特殊な黒|眼鏡《めがね》の着用が許される。つまり光を以て光を制するわけで、この遮蔽法は頗《すこぶ》る透明主義の理想にかなふものと言はなければならぬ。(ちなみにこの遮蔽法は男女間の或るプライヴェートな交渉の場合にも、当分のあひだ[#「当分のあひだ」に傍点]適用を許されてゐる。)
 さて、僕の収容された室《へや》の両隣りはガラスの壁を境に手術室であり、ガラスの廊下をへだてた向うは診察室であつた。そこで僕は、眼のやり場に窮して、神経衰弱になつたか? 断じて否。僕はここに於《おい》て、はじめて病院当局の意の存するとこ
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