ラといふ珍種である旨《むね》を主張してゆづらなかつた。防疫吏は僕の主張を一笑に附して、このバラは既に枯死して久しいと宣告した。そして両の手のひらで花びらをもむと、事実バラの花びらは、石灰のやうに飛散してしまつた。僕は恥ぢ入つた。
 さて僕はといふと、この峻烈かつ炯眼《けいがん》な防疫吏の手で、全裸にされた。頭髪、胸毛、恥毛など一切の毛髪も、薬物によつて脱去され、全身消毒ののち、透明な衣服を与へられた。それは下着から上衣《うわぎ》やネクタイに至るまで、悉《ことごと》くガラス繊維で織られたものであるが、かなり柔軟性があつて、着心地は悪くない。僕はQ国の国是《こくぜ》たる透明主義の洗礼を、まづここで受けたわけである。ついでに記しておけば、Q国の制服は男は無色透明、女は淡青色透明のガラス服であつて、一さい除外例を認めない。
 僕は日本人として、勿論《もちろん》すこぶる当惑と羞恥《しゅうち》を感じ、せめて黒色ガラスの服を与へられたいと抗弁これ努めたが、無駄であつた。のみならず、僕が必死になつて叫び立てた「黒」および「羞恥」といふ二語は、いたく係官の心証を害したらしい。彼らは暫《しばら》く何事か協
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