》にうち勝つた。僕は意を決して、あの冷雨の朝、Q島政府差廻しの成層圏機の客として、(おそらく甚《はなは》だ悲痛な顔をして)ハネダ空港を飛び立つた。そのとき君は、温室咲きの紅バラを一籠《ひとかご》、僕にことづけたつけね。Q島の大統領に贈呈してくれといふ伝言だつた。この伝言は、しかし残念ながら果すことができなかつた。それには次のやうな事情がある。
バラが冷気で枯れたのではない。それどころか、機中の完全な保温装置と、僕の熱心な灌水《かんすい》とによつて、バラは刻一刻と生気を増して行つたのだ。ところが驚いたことには、北緯七十三度を越えたと機中にアナウンスされた頃から、君の紅バラはみるみる醜い暗灰色に変色しはじめた。すでに飛行機はいちじるしく高度を低めて、人も植物も、Q島の放射する強烈な原子力熱気の圏内に入りはじめたのである。
まもなく、Q島南端の空港に着陸したとき、防疫検査は峻烈《しゅんれつ》をきはめた。君に委託されたバラは、その時すでに暗灰色の花びらに黒褐色の斑点《はんてん》をすらまじへて、およそグロテスクを極めてゐたが、僕は敢然として防疫吏の前に、これは日本北岸原産の麝香《じゃこう》バ
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