にきらめかせてゐる。星形をした大きな池には、赤|蓮《はす》や青蓮が咲きほこり、熱帯魚がルビイ色の魚鱗《ぎょりん》をきらめかせてゐる。樹間には極楽鳥の翅《つばさ》がひるがへり、芝生には白|孔雀《くじゃく》が、尻尾《しっぽ》をひろげて歩いてゐる。
公園には博物館もあつた。陳列品の中で思ひがけなかつたのは、ミイラの夥《おびただ》しい蒐集《しゅうしゅう》であつた。非常に保存がよく、繃帯《ほうたい》まで原態をとどめてゐるのも少なくなかつた。その中で特に、赤膚媛《アカラヒメ》と標記された若い女性の一体と、片氏月姫《ガシグツキ》と標記された一体とが、著《いちじ》るしく僕の注目をひいた。前者は日本|奥羽《おうう》地方出土とあつて、豊かな乳房がありありと面影をとどめてゐる。後者は天山南路出土とあつて、下腹部の隆起がどうやら子宮の厳存を思はせた。
僕はまた、ほとんど毎晩のやうに、一流の劇場のボックスに納まつた。そこでは、盛装を凝らした紳士淑女の姿に接することができる。盛装とは言つても、もちろん男子服はあくまで無色透明、婦人服は淡青色透明のガラス織であることは変りはない。その代り様々のアクセッサリーの趣向にかけて、特に女性は恐らく世界最高の洗煉《せんれん》に達してゐると称していいだらう。例へば某高官の美しい夫人は、臍窩《せいか》にダイヤモンドを嵌《は》めこんでゐる。
紅、黄、紫、藍《あい》、黒などの、禁ぜられた衣裳《いしょう》を着用できるのは、舞台上の扮装《ふんそう》の場合だけである。それも概して半透明ガラス織を限度とするが、ただ例外として特殊のショウには、不透明の衣裳の使用が許されてゐる。ある運命的な晩、僕は図らずもその種のショウを観た。そして「彼女」を「発見」したのである!
それはストリップ・ショウで当りをとつてゐる小劇場であつた。舞台の中央から、跳込《とびこみ》台のやうなものが観客席へ突き出してゐる構造も、わが国などと同じである。はじめ僕は、このショウに大した期待を持つてゐなかつた。全く、平生《へいぜい》透明ガラスの衣裳で歩いてゐる女たちが、それを脱がうと脱ぐまいと同じことではないか。ところが幕があくに及んで、僕は自分の不明を謝さなければならなかつた。Q国でストリップといふのは、逆に衣裳《いしょう》を重ねることだつたのである。
フランス王朝風、支那《しな》宮女風、カルメン風、歌麿《うたまろ》風など、あらゆる艶麗《えんれい》または優美の限りをつくした衣裳が、次々に舞台の上で、精妙な照明の変化のまにまに、静々《しずしず》と着用されてゆくのであつた。着け終ると、舞踊が始まり、つひにプリマドンナが橋がかりの突端まで進み出て、妖艶《ようえん》きはまるポーズを作る。われわれの眼からすれば、ファッション・ショウにすぎないものを凝視する観客席の緊迫感は、真に異常なものがあつた。
つひに最後の幕が来た。それは日本の王朝時代に取材したショウであつたが、はじめのうち幽暗であつた照明が、次第に明るさを増して、やがてプリマドンナが現はれた時、観客の興奮は青白い火花でも散らしさうであつた。彼女はゆるやかに十二|単衣《ひとえ》を着け終ると、淡紫の檜扇《ひおうぎ》(もちろんガラス製であるが)をもつて顔を蔽《おお》ひながら、橋がかりへ歩を移し、そこで扇をかざして婉然《えんぜん》と一笑した。僕はその顔を見ておどろいた。それは彼女であつた。あの阿耶であつた。
それを見てからといふもの、僕がどんな懊悩《おうのう》の日夜を送つたかは、くどくどしく述べる気力がない。一口に言へば、僕は嫉妬《しっと》と恋の鬼になつたのである。ある午後、僕は博士の不在を見すまして、猛然と彼女に迫つた。阿耶は拒まなかつた。二人は黒|眼鏡《めがね》をかけて、白熱光|裡《り》の人となつた。しかし僕は、いたづらに不能者たる自分を発見したにすぎなかつたのである。阿耶のからだは、まさにガラスのやうに冷めたかつたのだ。
「阿耶! お願ひだ……」と、僕はあへぎあへぎ哀願した。「今晩あすこの楽屋で……十二単衣すがたで……ね、いいだらう? 君は僕の……心の……」
「心の……ですつて?」と阿耶は、唇を反らして冷笑した。「なんていふお馬鹿《ばか》さんなの! 心の……十二単衣……」彼女は、水色ガラスのシュミーズを着ながら、嘲《あざけ》るやうに繰り返した。
「とても似合ふんだ。あれでなくちやいけないんだ。……ね、楽屋で、今晩……」
「およしなさい、みつともない! 第一この私に、そんな真似《まね》ができると思つて?『女性解放』青年同盟の執行委員の私に!」
「ぢや、なんだつて君は、あんな姿で舞台に立つたのだ?」
「わからない人! あれは男性の色情を馴化《じゅんか》するため、青年同盟が採択した方法なのです。ああして刺戟《しげき
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