》の反復でもつて、男の脳中枢を麻痺させるんだわ。」
僕は茫然《ぼうぜん》と立ちすくんだ。危く白熱光を消さないままで、黒眼鏡をはづしかけたほどである。がその時、病院の中庭で、けたたましい銃声が立てつづけに響いた。自動車の爆音がきこえ、やがて大勢の足音が、入り乱れて廊下をこつちへ近づいて来た。僕たちが研究室へ飛びこむと同時に、廊下のドアから、顔面|蒼白《そうはく》の鰐博士が駈《か》けこんで来、あとから黒い影が二つ、風のやうに押しこんで来た。
影たちの手にはギラギラ光るピストルがあつた。
それが一斉に火を吐いた。鰐博士はばつたり倒れた。
「反動……革命だ……」といふのが、その唇をもれた最後の※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささや》きであつた。阿耶は僕の胸のなかで失神した。
僕は二人の下手人《げしゅにん》を見た。そして、それがあの博物館にあつた赤膚媛、牙氏月姫といふ二体のミイラに他ならぬことを認めた。一人は乳房《ちぶさ》を揺り立てて笑ひ、もう一人はこれ見よがしに子宮部を突き出して哄笑《こうしょう》した。と、さつと身をひるがへして、再び風のやうに走り去つた。……
噂《うわさ》によると、反乱はまだ続いてゐるさうである。もはや市中には銃声は聞えないが、急速に地方へ波及しつつあるらしい。その首謀者は、二三の高級軍人の夫人たちだとも言ふが、真偽のほどは判明しない。
きのふ僕は阿耶の葬儀に列した。弔砲《ちょうほう》が鳴つて、非常な盛儀であつた。あのまま息を引きとつた彼女の顔は、ガラスの棺《ひつぎ》のなかで白蝋《はくろう》のやうに静かであつた。僕は純白の花束を、人々の後ろから墓穴のなかへ投げてやつた。さらば、わが心の女よ!
底本:「日本幻想文学集成19 神西清」国書刊行会
1993(平成5)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「神西清全集」文治堂
1961(昭和36)年発行
初出:「別冊文芸春秋」
1952(昭和27)年4月発行
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:門田裕志
校正:川山隆、小林繁雄、Juki
2008年1月4日作成
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