である。少し風はあつたが、温かい日ざしだつた。辻野君はやや屈み気味に膝をかかへて坐つて、うつとりと沖合に見入つてゐた。僕はその尖つた肩へ近づいて行きながら、ああここに孤独な人がゐる、と思つた。僕は声をかけた。彼はふり向いた。……
いま僕の机上には、古い『コギト』の一冊がひろげてある。それは辻野君の魂の遍歴の記録である『旅の手帳』の或るペエジで、「冬の王?」といふ小見出しが出てゐる。「……私はマントにくるまつて、毎日渚に降りていつた。そして汀に蹲り、どんより曇つた沖を、白い波頭を立てて荒れ狂ふ海面を眺めてゐると……」そんな活字が目にうつる。
場面はもはや晩春ではなく、忽然として冬の荒涼に移つてゐるのだ。冬の王? だがここに附いてゐる?印は一たい何のことだらう。謎は深まるばかりである。……
[#地から1字上げ]―[#ここから横組み]12. ※[#ローマ数字2、1−13−22]. 1949[#ここで横組み終わり]―
底本:「日本の名随筆99 哀」作品社
1991(平成3)年1月25日第1刷発行
1996(平成8)年4月25日第6刷発行
底本の親本:「水を聴きつつ」風信社
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