人の心配そうな話しごえばかりで、しょっちゅう何かを待ち構えている様子でしたが、――分ったのはただ、『追っかけて来るぞ、追っかけてくるぞ、急げ、急げ!』ということばかりで、あとはさっぱり五里霧中でした。
アルカージイ・イリイーチは、わたしが正気づきはじめたのを見ると、ぐいと屈みこんでこう言うのです、――
「ねえ、可愛いリューブシカ! おれたちには追手がかかってるんだ……いよいよ駄目となったら、一緒に死んでくれるかい?」
わたしは、それどころか喜んで死にます、と答えました。
あの人のめざす逃げ場所は、フルーシチュクというトルコ人部落でした。当時そこにはわたしたちの仲間が大ぜい、カミョンスキイの魔手をのがれて脱走していたのです。
と突然そのとき、わたしたちは氷の張ったどこかの小川を飛ぶように越して、行手には何やら人家のようなものが、薄ぼんやりと見えてき、犬が吠えだしましたが、馭者は一層はげしく馬に鞭をくれたかと思うと、いきなり橇の片側へ身を横倒しにしたから堪りません、ぐいと橇がかしいだ拍子に、わたしはアルカージイもろとも雪の中へ投げ出されてしまい、馭者も橇も三頭の馬も、あっというまに
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