して、わたしの房毛をつまんで捲かせようと、唇で息を吹きかけるため屈みこむ度ごとに、一つ言葉をささやきこむのでした、――
「心配するな、連れ出してやるぞ。」
※[#ローマ数字10、1−13−30]
芝居は上首尾で運んでゆきました。というのもわたしたちがみんな、怖ろしいことにも苦しいことにもすっかり馴れっこになって、まるで石像みたいな人間になっていたからです。ですから胸のなかに、どんなわだかまりがあろうと、あるまいと、一切おもてへは表わさず、自分の役はちゃんちゃんとやってのけたのです。
舞台から見ると、伯爵も弟ぎみも来ていました。二人ともとてもよく似ていて、やがて楽屋へ見えた時でも、見分けるのがむずかしいくらいでした。ただ、うちの伯爵は、それはそれは大人しくって、がらり人柄が変ったみたいでした。それはいつもきまって、何かひどく暴れだす前にそうなるのでした。
そこでわたしたちはみんな、心もそらになって、こんなふうに十字を切るのです。
「主よ、恵ませたまえ、救わせたまえ。一たい誰のあたまに、あの人の癇癪玉が破裂するのかしら?」
ところでわたしたちはまだ、アルカーシャの気
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