、ただこの胸の底に納めてございます。」
「ひょっとするとお前は、弾除けのまじないでも受けていて、それでピストルを怖れんのではないかな。」
「ピストルなんぞ、たわけたものでございます」と、アルカージイは答えました、――「とんと念頭にございませんです。」
「それはまた、どうしたわけだ? まさかお前は、いや主人の伯爵の誓言の方が弟たるこのわしの言葉よりは確かだ、たとえ切り疵をつけたところで、よもやぶっ放しはすまいなどと、高をくくっていたわけでもあるまいな? まじないの力がなければ、一命を失うところだったのだぞ。」
アルカージイは、この弟ぎみの一言を聞くと、またもやぶるりと身をふるわし、半ば夢心地でこう口走りました、――
「まじないこそ掛ってはおりませんが、神様が分別をお授けくだすったのです。あなた様のお手がわたくしを射とうとピストルをお上げになるひまに、こっちが一足お先にこの剃刀で、おのど一杯ざくりと参るつもりだったのでございます。」
そう言い棄てると、一さんに表へ駈けだして、ちょうどよい時刻に芝居小屋へ到着しましたが、いざわたしの顔を作りにかかっても、全身わなわな顫えがとまりません。そ
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