ぎみのお部屋へ通ってみると、そこにはもう姿見の前に蝋燭がすっかりともされ、またもや例のピストルが二挺と、それに小判が今度は二枚ではなしに十枚、ずらりと並べてありました。しかもそのピストルに込めてあるのは、空弾ではなくって、本物のチェルケースだまだったのです。
 弟ぎみが申されるには、――
「むく犬なんぞ一匹もおりはせんがな、わしの用というのはほかでもない、――わしを一つせいぜい毅々しい男前に仕立てて褒美の小判十枚を持って帰るがよい。だが万がいち切りでもしたら、一命はきっと貰い受けるぞ。」
 アルカージイは、じいっと穴のあくほど見つめに見つめていましたが、そのうち不意と、一体どんな気になったものでしょうか、――とにかく弟ぎみのおつむを刈ったり、お顔をあたったりしはじめました。みるみるうちに一段といい男ぶりに仕上げてしまうと、小判をポケットへざくざくと納め、こう言いました、――
「ではおいとまを。」
 弟ぎみは答えて、――
「うむ、行くがよい。だが一言きいて置きたいが、よくもお前は命知らずに、こんなことをやる決心がついたものだな?」
 するとアルカージイは、――
「わたくしが決心した次第は
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